前の晩のうちに書いた手紙を出すと、その翌日に息子は帰ってきた。そのあまりの早さに私は拍子抜けしてしまった。
「随分早かったんだな。手紙を読んで帰ってきたのか?」
息子は不思議そうな顔をした。
「ちゃんと読んださ。」
そういうとまた重そうな荷物を運び始めた。
「そうか、昨日出した手紙がもう着くのか。」
その重そうな荷物をひょいと持ち上げる息子の腕は見るからにたくましい太さだった。息子はそのまま階段を登りはじめた。中身はいつも使っている装備らしい。私は小さな箱を持って息子の後に続いた。
「おう、昨日手紙見てさ。最近暇してたのもあって、たまには帰ろうと思って準備済ませて帰って来ちまった。」
「な・・・!?」
私は驚いて足を階段から踏み外しそうになった。その拍子に箱を落としてしまった。
「あーあ、大丈夫か?無理しなくていいから。」
階段を降りてきた息子が箱を持ち上げて中身を確認するとまた階段を登っていった。
「昨日出した手紙が昨日の内に届いたのか?」
振り返った息子はようやく納得したといった顔をした。
「あー。モーグリの手に掛かればベッドだって当日中に届いちまうよ。大した働きぶりだよ。」
「ああ、あの白くてふわふわ飛んでるやつか。」
モーグリというのは冒険者の世話をしている動物のことである。その動物がいるお陰で冒険者は自由に行動できると聞いてはいたが、それほどすごい働きをするとは思っていなかった。
「ベッドを一日で?!」
「そそ。カザムだって一日で届くぜ。まぁ、家具置けないから意味ないけどな。」
息子は笑ってそう言った。だが、カザムでは家具が置けない理由がわからない私は私は笑っていいものかわからなかった。
「カザムだと、ベッドは使えないのか?ミスラの町だからか?」
それを聞いた息子は大笑いを始めた。壁を叩きながら大声で笑った。
「何がおかしい。」
わけがわからない私は憤然と言ってみた。しかし息子の大笑いは収まらない。果てにはヒィヒィと息を切らしながらもなお笑った。私はだんだんと腹が立ってきてしまった。
「何がおかしいんだ!」
怒った私の声を聞いて息子はやっと大笑いをやめた。しかし顔は崩れたままだ。
「いや、悪い悪い。ミスラだってベッドで寝るよ。セリもベッドで寝てるじゃないか。」
「そういわれてみれば。・・・」
セリとチキは大きなマホガニーベッドで一緒に寝ていた。あまりに自然なことだったのですっかり忘れていたが、セリは生粋のミスラである。ウィンダスで生まれ育った彼女は冒険者となり、やがてこの息子と知り合い、結婚すると冒険者をやめてこのサンドリアの家に来てくれたのだ。今ではセリのように冒険者となったミスラがサンドリアにもたくさん来ているため、なんの違和感も感じていなかったのである。
「ミスラがベッドを使わないんじゃなくて、カザムだとモグハウスがないんだよ。だから、送っても置く場所がないんだ。」
説明をしている息子の顔はやはり笑ったままだった。
「あー!お父さん帰ってるー!」
突然大声が家中に響いた。それを聞いた息子は顔をほころばせた。優しい顔をする。そう思ったのもつかの間、大声の主はすぐに二階に上がってきた。
「お父さんおかえりー!」
跳ねるように階段を駆け上がってきたチキはそのまま息子に飛びつき、首に手をかけてぶら下がった。息子はチキの頭を撫でると抱き上げた。
「おう、ただいま。元気にしてたかぁ?」
「うん、元気にしとったでー!」
チキははちきれんばかりの笑顔でうんと力いっぱいに頷いた。
「そかそか、いい子だ。ホラッ!」
息子はそのままチキを肩に乗せた。
「ワー!お父さんの肩車、久しぶりやー!」
「だろー。ごめんな、あまり帰ってこれなくて。」
息子はチキを乗せたままベランダに出た。
「ええねん、ええねん。だってお父さん冒険者やもん。いっぱい働いて、いっぱいモンスター倒してみんなを守ってくれてる。そんなお父さん、自慢やもん。ええねん、ええねん。」
チキの言葉はなんとも愛おしい響きがした。息子はうんうん頷いた。
「あ、お母さんや!お母さーん!」
チキは息子の肩の上から道に向かってその小さな手を精一杯大きく手を振った。道からはセリの声が聞こえた。
「リュウ!帰ってきてたの!帰るなら帰ると言ってくれればよかったのに。」
「ごめんごめん、急いで帰って来てしまった。」
息子もチキと同じように大きく手を振った。
やがて玄関の扉が開く音がし、ゴトゴトと荷物を置く音が聞こえた後、セリは階段を駆け上がってきた。そこには肩からチキを下ろした息子が手を広げて待っていた。セリはその胸に飛び込んだ。
「リュウ、元気でよかった。」
セリは涙ぐんでいた。
元冒険者とはいえ、セリも心配だった。いつもは気丈に振舞っているが、以前、息子の身を案じて不安になったらしく、暖炉の前で泣いていたことがある。待つ者はいつも、大切な人がいなくなってしまわないか不安なのである。
息子はセリをぎゅっと抱き締め、セリの赤い髪を優しく撫でた。
私はチキを抱き上げ、肩に乗せてベランダに出た。サンドリアは青空だった。